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2016.12.14更新
「多様化の時代」と言われます。自分の生き方、暮らし方にこだわりを持つ人も増えています。しかし現実には、自分の理想とする生活スタイルを貫くことは簡単にはできません。今回は、お施主さんの生活スタイルを実現するために、建築家の西口賢さんと岩間昭憲さんが設計された住宅をご紹介します。そして、「自分らしい暮らし」のつくり方について考えたいと思います。
○DESIGN OFFICE ANT
西口 賢(にしぐち けん)さん・岩間 昭憲(いわま あきのり)さん
「住宅は、施主のパーソナリティでできていく」が信条。「クライアントの言葉、意志を受け止めて、本人も思っていなかったような最終形に持って行くのが自分たちの役割かなと思うし、楽しみです」と、おっしゃいます。そうして設計された住宅は、クライアントのライフスタイル同様に、一つひとつが個性を放っています。
2007年DESIGN OFFICE ANT(西口賢建築設計事務所・岩間建築設計事務所)共同設立。2009年すまいる愛知住宅賞住宅金融公庫支援機構東海支社長賞受賞、2013年すまいる愛知住宅賞住宅金融公庫支援機構東海支社長賞受賞。
「人間、空間、時間をつなぎ合わせてデザインする」

DESIGN OFFICE ANTを設立されて10年。「ANT」は「蟻」ですね。
蟻みたいにコツコツやるよという意味で。

やっぱり?(笑) コツコツやっていらした?
はい。一戸ずつ丁寧につくるという感じで10年やってきました。

一戸一戸、全くスタイルが違う印象ですが、そうしていらっしゃるんですか?
大屋根の家
カサノキの家
「鎮守の森」と「山棲の家」
僕たちは、人間、空間、時間の3つをつなぎ合わせてデザインすることを大事にしています。
人間—人のパーソナリティ、生活習慣、家族構成、ものの考え方、優先順位などはそれぞれ違います。空間—内部空間、外部空間、さらに街とのつながりがどうあったらお互いに住みよいか。時間—人間も建物も時間の流れとともに変わっていきます。
それらを自分たちがつなぎ合わせて、クライアントに一番合うものを提案するということです。

だから、一戸一戸個性的になる?
はい。自分たちのスタンスはどの物件も同じですが、その3つの要素がすべて違うので、でき上がってくるものが違う。これは自然なことで、僕らに頼んだらこういう家になるというこだわりはありません。

なるほど!
「間」を大切につくると「形」ができてくる
3つのキーワードに共通するのが「間」という漢字です。僕たちはハードをつくっていますが、ハードの中のソフトの部分、「間」をデザインしているということを意識しています。

お施主さんの「暮らし」の部分ですね。
「間」をつくるのが大事なのは、どの職業でも同じです。音楽家、噺家、お笑いだって、間をつくる職業です。

確かに。
「間」をつくっていると、お施主さんのパーソナリティで「形」ができてくる。施主の意志として住宅が完成する。そこに、僕らも喜びをもっています。

施主の意志というと?
21世紀になり、住む方たちの意識も変わったと思います。生活スタイルにこだわりがある。提供されるものじゃ満足できない。住宅にもそういう志向があらわれています。

それに応えていくということなんですね。
ハコブネの家 フタツヤネの家
のどかな田園風景に合う建物

こちらは、のどかな田園風景の中のお家ですね。
共通の知人の紹介でお会いしたら意気投合して、設計をさせていただくことになりました。普通でしたら周囲の景色を大きく取り込む設計をするんですが、お施主さんのご希望は、少しこもった空間で、のどかな田園風景に合う建物にしたいというものでした。
自己資金だけで家を建てる

ほかにご希望は?
ローコストです。資本主義社会の中で翻弄されて生きていきたくない。だからローンを組まず、自己資金だけで家を建てることに協力していただけませんか、というご依頼でした。人生観が面白いなと思いました。

「家を建てる=ローンを組む」が常識みたいになっている中で…。ご自分の価値観をしっかりお持ちですね。自己資金はどのくらいでしたか?
家具まで含めて総工費1650万円です。

それだけの自己資金をお持ちの方もそんなにいないんじゃないですか? すいぶん若い頃から計画されていたかもしれませんね。
そうですね。「住み方を割り切らないとできませんよ」とお話をしますと、「わきまえています」と。何を自分の人生で軸にして生きていくか、優先順位はどうか、というお話をしながらつめていきました。

セルフビルドの部分もあったんですか?
はい。自分でできることは自分でやる。外壁の杉材の塗装は、僕たちもいっしょに4日かかって塗りました。床のフローリングや家具の塗装、日曜大工でできる造作作業などもやっていただきました。
風景にとけこんだグレーの外壁は、スギ材に腐朽菌を増やさない天然保護材を塗ったもの。「水性の粉を水で溶いて塗るだけなので、素人でも簡単に塗れるんですよ」と、セルフビルドも楽しむ。この経験は、その後のメンテナンスにもつながっていく。

すごいですね!
構造体=本の収納棚 プラス土間
もう一つのご希望は、本棚が家じゅうにある家にしたいというものでした。お施主さんは本が大好きで、いちばん大事。雑誌から専門書から漫画まで、多岐にわたる膨大な量を持っておられます。

本は重いですから、収納に苦労しますね。
お施主さんからの提案は、「本棚が構造になっているといいね」と。もともと建築に興味のある方で、建築関係の蔵書もたくさんあります。

エッ!? それで、そういう構造にしたんですか?
はい。構造と収納が一体になっています。

エー!!
3つめは土間のある空間。プロダクトデザインのお仕事をされていて、試作や工作をする。庭でやるんじゃなくて、散らかしてもいい土間がほしいということでした。
家づくりには無限大に近い回答がある

そういう希望は、どうやって設計者に伝えればいいんでしょうか?
このお施主さんからは、ご要望を書いたA4のレジュメ2枚をいただきました。100項目くらいあったかな。それを、僕らがまとめたんです。

そうですか。とにかく、伝えることが大事ですね。
ほぼ不可能なことはありません。無限大に近い回答がありますから。ただ、このお施主さんは特別で、僕らに出会う数年前から構想を持っていて、ご自分で敷地模型も作っていたんです。

すごいですね。家づくりを楽しみにしていらしたんでしょうね。
基礎の簡略化

ローコストという面では、どんな特徴がありますか?
まず、基礎の簡略化です。なるべく正型にして無駄な基礎を作らない。総2階建て(2階の面積が1階と同じ2階建て)が基本です。

そうは見えませんけれど…。
はい。コストを抑えながら、必要なところだけ出っ張らせる設計をしています。

なるほど!

2×材というのは工業製品ですね。
2×材の中でも、2×10材(ツーバイテン材=2インチ×10インチ)をベースに使いました。それが柱であり、かつ書籍の収納であるわけで、A4サイズの本が収納できるサイズを選びました。また、通常は仕上げ材を張って2×材を隠しますが、ここは隠さないで見せています。

家の構造がすべて見えています。仕上げをしない分、またコストが下がるということですね。こういうつくり方は、今までにも経験されているんですか?
今回が初めてです。普通の2×工法とも違うので、2×材を扱っている方と打ち合わせをしながら、「こういうことがしたいけれど、できますか?」と、いろいろ検討しながら設計しました。

構造、機能、コスト、そして造形的にも美しい。驚きました。次回はもっと詳しくご紹介ください!